新しい犬との生活②

「マロは可愛い。マロは可愛い」

この魔法の呪文で、やっとマロが可愛く思えるようにはなってきました。
ただ、どうしても「空だったら・・・」と考えてしまう自分がいます。

空は他の犬と比較しても非常に大人しい犬であり、マロは逆に非常に活発な犬だったため、お互いが極端だった、ということもあるかもしれません。
空と違う行動やしぐさを見るたび、言葉ではうまく言い表せない悲しみに苛まれました。
魔法の呪文を唱えていないと悲しみがもっと大きくなりそうでしたので、この頃の私は常に「マロは可愛い、マロは可愛い」と呟いていました。
自分の言葉だけでは効果が薄くなってくると、ヒマを見つけては実家に帰り、母にマロがいかに可愛いかを語ってもらい、「そうだ、マロは可愛いんだ」と自分に言い聞かせていました。

マロをマロとして見ることができないまま、マロは3歳になりました。
その年のゴールデンウィークに、犬用カートにマロを入れ、電車で実家に帰りました。
5月にしては少々暑く、マロはカートの中でゼェゼェ言っていました。
暑いと言っても所詮は5月。電車の中はそれなりに空調も効いてる。水でも飲ませておけばいいだろう。
そう軽く考えて実家に着いたのですが、実家に着いてもマロのゼェゼェが治まりません。
ゼェゼェ言うけど食欲もあるし相変わらず元気だし、すぐに治るだろう。
母も私もそう考えていたのですが、実家にいた弟が、「マロなんか変だよ。病院連れていったほうがいい」と強く勧めるので、翌日病院に連れて行きました。
病院で見てもらったところ、「気管虚脱の疑いあり」との診断が出ました。

気管虚脱?何それ?と思いネットで調べたところ、
“気管が押しつぶされ、正常な空気の流れが阻害される状態。そうなると呼吸困難になり、呼吸による体温調整ができなくなり命の危険にさらされる場合がある。一度器官虚脱になると完治は不可能であり、徐々に悪化する。夏場に発生しやすく、一旦症状が落ち着いたとしても継続して注意が必要。”

上記の内容を目にしたとき、手が震えました。「またやってしまった」と思いました。
空の件であんなに後悔したのに、私はいったい何をしてるんだろうか。
マロまで私の不注意でいなくなってしまうんだろうか。
私はまた同じ轍を踏むんだろうか。

マロの体調が良くないまま移動させるのは危険なので、実家にマロを置いたままいったん家に帰りましたが、もう何も手につきません。
マロをマロとしてきちんと見ていなかったから、私にばちが当たったんだ。
空のときと同じように、このまま会えなくなったらどうしよう。
マロがいなくなってしまったらどうしよう。
そのことばかりを、ただただ考えていました。

続きは次回。

ではまた。

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